住宅購入の計画を立てるとき、多くの人が最初に計算するのは頭金です。私もそうでした。
しかし実際に進めてみると、頭金以外にも、それなりの現金が必要でした。しかもその大半はCompletion までに払い終わっている必要があります。
今回は、£530,000 の物件を LTV 90% で購入するケースを例に、必要な現金を項目ごとに分解します。
大前提:Stamp Duty はローンで借りられない
まずこれを押さえてください。印紙税(SDLT)を含む諸費用は、住宅ローンの対象外です。
- ローンで借りられるのは、物件価格の一部(LTV の範囲内)だけ
- 頭金 + 諸費用のすべては、自己資金(または贈与)で用意する必要がある
「£530,000 の家を LTV 90% で買うから、£53,000 あればいい」これは誤りです。実際には £74,000 前後が必要でした。
SDLT(Stamp Duty Land Tax)の計算
イングランド・北アイルランドで不動産を購入する際の取得税です。スライス方式と呼ばれ、これは価格全体に一律の税率がかかるのではなく、価格を帯(バンド)に分けて、各帯の部分にそれぞれの税率がかかります。
2025年4月1日以降に完了する取引の標準的な住宅用税率は、£125,000 までが 0%、£125,001〜£250,000 が 2%、£250,001〜£925,000 が 5%、£925,001〜£1,500,000 が 10%、£1,500,000 超が 12% です(出典:GOV.UK / HMRC)。
£530,000 の場合の実際の計算
| 価格帯 | 対象額 | 税率 | 税額 |
|---|---|---|---|
| £0 〜 £125,000 | £125,000 | 0% | £0 |
| £125,001 〜 £250,000 | £125,000 | 2% | £2,500 |
| £250,001 〜 £530,000 | £280,000 | 5% | £14,000 |
| 合計 | £16,500 |
【上記税率に基づく計算。実額は必ず HMRC の計算ツールと Solicitor で確認してください】
£16,500。 これが、家の代金とは別に、現金で必要になります。
First-time buyer 相当の軽減は使えるか
First-time buyer(初めて家を購入する場合) は £300,000 まで 0% となりますが、これは購入価格が £500,000 以下の物件に限られます(出典:GOV.UK / HMRC)。
つまり、£530,000 の物件では、First-time buyer であっても軽減は一切適用されません。 £500,000 の壁は崖のように効きます。
ここは資金計画上、極めて重要です。£500,000 と £505,000 の物件では、First-time buyer にとって SDLT が数千ポンド単位で変わります。 予算が £500,000 前後なら、この境界は意識する価値があります。
割増が適用されるケース
他に住宅を保有している場合(買換え以外のセカンドハウス・投資物件)は5%の割増、UK非居住者はさらに2%の割増が上乗せされます。
注意すべきは、この判定が「世界のいずれの国」をも含むことです。日本に実家を共有名義で持っている、投資用マンションを保有している、こうしたケースは追加物件の割増の対象になり得ます。必ず Solicitor に申告してください。
また非居住者判定は、購入前12ヶ月間の英国滞在日数が基準になります。英国に住んで働いていれば通常は問題ありませんが、渡英直後の購入では確認が必要です。
SDLT は Completion から14日以内に申告・納付が必要で、通常は Solicitor が決済資金から処理し、SDLT5 証明書を発行します。これがないと登記できません。
Conveyancing(法務)関連の費用
| 項目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
| Solicitor の報酬(Legal Fees) | £1,200 〜 £2,000 | 事務所と物件の複雑さによる |
| VAT(20%) | 上記に加算 | 見積が「+VAT」表記かどうか必ず確認 |
| Searches | £250 〜 £500 | 前払い。地域による |
| Land Registry 登録料 | £150 〜 £330 | 物件価格に応じた法定料金 |
| Land Registry / Bankruptcy 検索 | £5 〜 £20 | 少額 |
| 送金手数料(TT Fee / CHAPS) | £30 〜 £50 | |
| ID 確認(SmartSearch 等) | £10 〜 £30 | 1名あたり |
| 小計 | £1,700 〜 £3,000 程度 |
*あくまで一般的なレンジです。
見積を取るときの注意:安く見える見積書には、Searches・登記料・送金手数料などの Disbursements(実費)が含まれていないことがあります。必ず「総額でいくらか」を確認してください。
Survey(建物調査)の費用
| レベル | 目安 |
|---|---|
| Level 1 | 〜£500 |
| Level 2 | £400 〜 £900 |
| Level 3 | £800 〜 £2,000+ |
私たちは Level 3 を選びました。築古・ロフト改装済み物件で、構造エンジニアが社内にいる会社を選定した結果です。ここは削るべきでない支出だと考えています。数百ポンドの節約のために、数万ポンドの構造問題を見逃すリスクは取れません。
Mortgage(住宅ローン)関連の費用
| 項目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
| Arrangement / Product Fee | £0 〜 £1,500 | ローンに上乗せできる商品もあるが、その分利息がかかる |
| Valuation Fee | £0 〜 £500 | 無料の商品も多い |
| Broker Fee | £0 〜 £1,000 | 事務所により無料 |
| 小計 | £0 〜 £3,000 | 商品次第で大きく振れる |
Arrangement Fee をローンに乗せるかどうかは、実は金利の比較に影響します。 「金利が低いが手数料が高い商品」と「金利がやや高いが手数料ゼロの商品」は、借入額と固定期間の長さによって有利不利が逆転します。 固定期間全体での総支払額で比較してください。
保険
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| Buildings Insurance(建物保険) | 年 £200 〜 £500 |
| Contents Insurance(家財保険) | 年 £100 〜 £300 |
| Life / Mortgage Protection | 月 £20 〜 £60 |
建物保険は Exchange の時点から必要になるのが通例です。Completion からではありません。 契約交換の時点で建物のリスクが買主に移るためです。ここを忘れると、Exchange の直前に慌てることになります。
その他
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 引っ越し費用 | £400 〜 £1,500 |
| 内覧・調査の交通費 | 数十〜数百ポンド |
| 入居後すぐの支出(鍵交換、カーテン、白物家電など) | £1,000 〜 £5,000 |
最後の項目を過小評価しないでください。 前回の記事で書いたとおり、イギリスでは Chattels(動産)は原則として売主が持っていきます。 カーテンも照明器具も冷蔵庫も、ない状態で引き渡される可能性があります。
総額:実際に必要だった現金
£530,000、LTV 90% のケースで整理します。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 頭金(10%) | £53,000 |
| SDLT | £16,500 |
| Conveyancing 一式 | £2,000 前後 |
| Survey(Level 3) | £1,200 前後 |
| Mortgage 関連費用 | £0 〜 £1,000 |
| 建物保険(初年度) | £300 前後 |
| 引っ越し | £800 前後 |
| 必要現金の合計 | 約 £74,000 〜 £75,000 |
【頭金と SDLT 以外は一般的なレンジに基づく概算です】
頭金 £53,000 に対して、実際に必要なのは £74,000 前後。約1.4倍です。
言い換えると、諸費用だけで £21,000 前後、物件価格の約4%。この比率は、£500,000 前後の価格帯ではおおむね共通します。SDLT が支配的な項目なので、価格が上がるほど比率も上がります。
資金計画で実際に効いたこと
1. SDLT の原資を先に確定させる
私たちの場合、SDLT と関連費用の原資は親族からの贈与で手当てする計画でした。贈与は、着金してから書類手続きが始まります。
- 着金には国際送金の時間がかかる
- Gift Letter の署名・返送に時間がかかる
- 贈与者側の資金源証明にも時間がかかる
Exchange の直前に慌てると、日程が動きます。 早めに着手すべき項目でした。
2. LTV の区切りを意識する
前回書いたとおり、LTV は階段状に金利へ効きます。 「頭金をいくら出すか」は、手元資金の全部を投入するのではなく、どの区切り(85% / 90%)に乗せられるかから逆算するのが正しい順序です。
そして重要なのは、頭金を増やしすぎて諸費用の現金が足りなくなる事態を避けること。諸費用は削れません。 SDLT は交渉できず、法務費用も調査費用も必須です。
3. 予備費を残す
入居後すぐに、想定していなかった支出が出ます。ボイラーの不調、電気系統の是正、鍵の交換、庭の整備。£3,000 〜 £5,000 程度の予備費を、購入資金とは別に確保しておくことをおすすめします。
Level 3 のサーベイで「今すぐではないが数年以内に対応が必要」と指摘された項目は、この予備費の使い道の候補になります。
まとめ
- SDLT も諸費用も、ローンでは借りられない。すべて自己資金
- £530,000・LTV 90% の場合、頭金 £53,000 に対して必要現金は £74,000 前後(約1.4倍)
- SDLT £16,500 が諸費用の大半を占める
- First-time buyer 軽減は £500,000 超の物件では一切使えない。この崖は資金計画に直接効く
- 世界のどこかに住宅を持っていれば5%の割増、非居住者ならさらに2%。必ず申告する
- 建物保険は Exchange の時点から必要
- 動産は売主が持っていく前提で、入居直後の支出を見込む
- 予備費 £3,000〜£5,000 を別枠で確保する
家探しを始めた頃、私は「頭金がいくら貯まったら買えるか」で考えていました。今なら、頭金の1.4倍の現金が、Completion までに手元にあるか、という点をベースに考えます。
これから購入を検討される方の、資金計画の参考になれば幸いです。
本記事は筆者個人の体験と公開情報に基づくもので、不動産取引・税務・金融の助言ではありません。記載の金額は説明のためのモデルケースであり、実際の取引条件とは異なります。SDLT の税率・軽減措置は変更される可能性があり、個別の適用は事情により異なります。実額は HMRC の公式計算ツールと Solicitor・税理士にご確認ください。

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