住宅ローンの手続きを進めていると、ほぼ確実に保険の提案が来ます。Mortgage Protection : 住宅ローンに紐づけた生命保険です。
日本では団体信用生命保険(団信)がローンに組み込まれていて、選択の余地がほとんどありません。イギリスには団信に相当する強制加入の仕組みがなく、自分で内容を選びます。 ここが大きく違います。
そして提案書は、たいてい月額いくら、という数字だけが目立つ形で来ます。私に届いた提案も、「掛け捨ての生命保険、35年、月£40〜45」という要約でした。
この情報だけでは判断できません。 何が足りないのかを整理します。
そもそも義務なのか
法的な義務ではありません。
- 生命保険(Life Cover):レンダーが条件にすることは通常なく、任意
- 建物保険(Buildings Insurance):これはほぼ確実にレンダーの条件になります。Exchange の時点から必要になるのが通例なので、忘れないでください
つまり、生命保険は「入らない」という選択肢もあります。ただし、片方が亡くなったときに残る債務を誰がどう負担するのか、という問いには答えを出す必要があります。
Level か Decreasing か
生命保険の設計には、大きく2種類あります。
Decreasing Term(逓減定期)
保険金額が、住宅ローンの残債の減り方に合わせて減っていくタイプ。
- 保険料が安い
- 元利均等返済(Repayment Mortgage)の残債とほぼ連動する設計
- ローンを完済したら、保険金もゼロに近づく
Level Term(平準定期)
保険金額が、期間中ずっと一定のタイプ。
- 保険料は Decreasing より高い
- ローン残債が減っても保険金は減らないので、後半になるほど「ローン返済+余剰」が残る
- 遺族の生活費・子どもの教育費まで含めて考えるならこちら
どちらが正しいかは、保険の目的次第です。
- 「ローンを消すこと」だけが目的 → Decreasing で十分。保険料も安い
- 「残された家族の生活を支えること」が目的 → Level
私に来た提案は Level でした。なぜ Level なのかの説明がなければ、それは提案ではなく商品の押し出しです。 目的を明確にした上で選ぶべきところです。
Joint Policy か、Single を2本か
ここが最も重要で、最も説明されない論点です。
Joint Life, First Death(一般的な「共同契約」)
- 1本の契約で、2人のどちらかが亡くなったときに保険金が支払われる
- 保険料は2本より安い
- 1回支払われたら、契約は終了する
Single Policy を2本
- それぞれが自分の契約を持つ
- 保険料は合計すると Joint より高い(ただし2倍にはならないことが多い)
- 一方が亡くなって保険金が支払われても、残された側の契約は継続する
この差が決定的になる場面
考えるべきシナリオはこうです。
Joint の場合:Aが亡くなる → 保険金が支払われ、ローンが完済される → 契約終了。Bには保険がない状態が残る。
このとき、Bが再び保険に入ろうとすると、その時点の年齢と健康状態で新規加入することになります。 数年経っていれば保険料は上がり、健康状態によっては加入自体を断られる可能性もあります。
Single 2本の場合:Aが亡くなる → Aの保険金が支払われ、ローンが完済される → Bの契約はそのまま継続。Bが亡くなったときにも、Bの受取人(子どもなど)に保険金が支払われる。
つまり、子どもを持つ予定があるなら、Single 2本が明確に有利です。
理由は、両親のうち片方が亡くなった後、残った親にも保険が必要な期間が続くからです。Joint はその期間を守れません。逆に、子どもを持つ予定がなく、目的が純粋に「ローンを消すこと」だけなら、Joint で足ります。保険料の差額を他に回す方が合理的です。
この分岐は、月額£5〜10 の差の話ではありません。将来の保険可能性(insurability)の話です。 提案書がこの論点に触れていなければ、必ず自分から質問してください。
Trust に入れる、という発想
日本人にはほぼ馴染みがない、しかしイギリスでは標準的な実務がこれです。
保険契約を Trust(信託) に入れる、という手続きがあります。多くの場合、設定費用はかかりません(保険会社が定型の Trust Deed を無料で用意しています)。
Trust に入れないとどうなるか
保険金は、亡くなった人の遺産(Estate)の一部として扱われます。すると、
- Probate(検認)が必要になる。遺産の分配には裁判所の手続きが必要で、数ヶ月〜1年以上かかることがあります
- その間、保険金は遺族の手元に届きません。しかしローンの返済は毎月続きます
- 遺産総額が相続税の基礎控除を超える場合、保険金にも相続税(Inheritance Tax)がかかり得ます
Trust に入れるとどうなるか
- 保険金は遺産の外に置かれ、受託者(Trustee)から受益者(Beneficiary)へ直接支払われます
- Probate を待たずに支払われる-これが実務上、最大の利点
- 遺産に含まれないため、相続税の計算対象から外れます
この2つ目の点だけでも、Trust に入れる理由は十分です。相続税がかかるかどうかに関わらず、必要なときに金が届くという価値があります。
婚姻との関係
一点、補足しておきます。配偶者間の相続には、通常、相続税の免除(Spouse Exemption)があります。 したがって「結婚しているかどうか」は税務上の意味を持ちます。
しかし、Trust の価値は税だけではありません。
- 未婚のパートナーには配偶者免除が適用されません。この場合、Trust の税務上の意味は大きくなります
- 婚姻の有無に関わらず、Probate 回避の利点は共通です
つまり、「結婚するまで待つ」理由にはならない、というのが私の整理です。設定費用がかからないなら、加入時点で入れておけばよい。
ただし、Trust の内容(誰を受託者にするか、受益者をどう指定するか、Flexible Trust か固定か)は、個別の事情で変わります。 ここは保険会社の定型書式を無条件に使うのではなく、内容を理解した上で選ぶべきところです。
提案書に足りなかったこと
私に来た提案は「月£40〜45」でしたが、判断のためには次の情報が必要でした。
- 保険金額はいくらか。ローン残債と同額なのか、それ以上か
- Joint か Single 2本か。そしてその理由
- Trust に入れる前提か
- 既存の勤務先の福利厚生(Group Life / Death in Service、Income Protection)を織り込んでいるか
4つ目が特に重要です。多くの企業は、年収の2〜4倍程度の Death in Service 給付を提供しています。これを勘定に入れずに保険金額を決めると、必要以上の保険料を払い続けることになります。
ただし注意点があります。Death in Service は、その会社に在籍している間だけの給付です。 転職・退職すれば消えます。勤務先の給付を全額差し引くのは危険で、「一部を織り込む」のが現実的です。特に、独立や転職の可能性があるなら、勤務先の給付への依存度は低めに見積もるべきでしょう。
Critical Illness と Income Protection
生命保険とセットでよく提案される2つにも触れておきます。
Critical Illness Cover(重大疾病保険)
指定された重大な疾病と診断された場合に一時金が支払われるもの。保険料は生命保険より大幅に高くなります。
判断のポイントは、契約ごとに「どの疾病が、どの重症度で」対象になるかが大きく違うこと。安い商品は対象が狭い。保険料の比較だけでは意味がありません。
Income Protection(所得補償保険)
病気・怪我で働けなくなった場合に、毎月一定額が支払われるもの。統計的に見れば、現役期間中に死亡する確率より、長期間働けなくなる確率のほうが高いとされます。その意味で、Income Protection のほうが実は優先度が高いという議論は成り立ちます。
ここでも、勤務先の Sick Pay と Group Income Protection の内容を先に確認するのが順序です。手厚い制度があるなら、免責期間(Deferred Period)を長めに設定して保険料を下げられます。
まとめ
- イギリスに団信はない。生命保険は任意、建物保険はレンダーの条件として実質必須
- Level か Decreasing かは「ローンを消したい」のか「家族を支えたい」のかで決まる
- 子どもを持つ予定があるなら Single 2本。Joint は1回の支払いで終了し、残された側の保険可能性が失われる
- Trust に入れる。多くの場合無料で、Probate を待たずに保険金が届く。婚姻の有無に関わらず利点がある
- 勤務先の Death in Service / Income Protection を必ず織り込む。ただし在籍中だけの給付である点に注意
- 提案書に保険金額・契約形態・Trust・既存給付の記載がなければ、それは判断材料として不完全
次回は、いよいよ購入にかかる総額の話です。頭金以外に、実際いくらの現金が必要だったのかを全部書きます。
本記事は筆者個人の体験と公開情報に基づくもので、保険・金融商品・税務の助言ではありません。保険商品の内容、相続税の取り扱い、Trust の設計は個別の事情により大きく異なります。実際の加入にあたっては FCA 登録の助言者、Trust については Solicitor にご相談ください。

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