以前、「オファー直前で購入を見送った理由」という記事で、物件そのものではなく住所の履歴を調べる大切さについて書きました。
あのときは自分で調べましたが、イギリスの取引にはこれを制度として担う工程があります。Searches(調査) です。
Survey(建物調査)が「建物の物理的な状態」を見るのに対し、Searches はその土地・住所に紐づく法的・行政的・環境的な事実を見ます。両者は完全に別物で、片方でもう片方は代替できません。
Searches は誰のために行われるのか
まず制度の前提を理解しておく必要があります。イングランドの不動産取引は Caveat Emptor(買主が率先して確認、注意せよ) の原則に立っています。
売主には、法律上、物件のあらゆる欠点を自発的に開示する包括的な義務はありません。
告知書類(TA6 など)で聞かれたことに正直に答える義務はありますが、聞かれなかったことを進んで話す義務は限定的です。
だから買主側が自分の費用で調べる。これが Searches の位置づけです。「調べなかった買主が損をする」設計になっています。
なお、住宅ローンを使う場合、レンダーが Searches の実施を条件にしていることがほとんどです。現金購入でも省略すべきではありません。
標準的な3本柱
事務所や地域によって組み合わせは変わりますが、中核はこの3つです。
1. Local Authority Search(自治体調査)
LLC1(Local Land Charges Register)と CON29 の2部構成です。
LLC1 で分かること
- 物件にかかっている法的な負担(Charges)
- Listed Building(登録建造物)指定の有無
- Conservation Area(保全地区)内かどうか
- Tree Preservation Order(保護樹木指定)
CON29 で分かること
- 建築確認・完了検査の履歴(Planning Permission、Building Regulations の記録)
- 前面道路が公道か私道か(Adopted かどうか)
- 近隣の道路計画・鉄道計画
- Enforcement Notice(是正命令)の有無
- 強制収用(Compulsory Purchase)の対象かどうか
私たちにとって最も重要だったのがここです。
検討中の物件はロフトコンバージョン(屋根裏改装)が施工済みでした。この工事に適法な建築確認と完了証明が存在するかは、CON29 の記録と売主から提供される証書で確認します。ここは別記事で詳述します。
また、私道(Unadopted Road)は日本人が特に見落とす点です。前面道路が自治体に移管されていない場合、補修費用は沿道所有者の負担になり、将来の共同負担が発生しうるほか、売却時に説明が必要になります。
2. Drainage & Water Search(上下水道調査)
水道会社が発行します。
- 上水・下水が公営管に接続されているか(浄化槽・私設排水なら維持費と更新費が自己負担)
- 敷地内・敷地境界に公共下水管が通っていないか
2つ目が重要です。敷地の下に公共下水管が通っている場合、その真上や近接位置への増築には水道会社の同意(Build Over Agreement)が必要です。将来リアエクステンションを計画しているなら、ここは購入前に把握しておくべき情報です。「増築できると思って買ったら、下水管の上だった」は実際に起きます。
3. Environmental Search(環境調査)
- 土壌汚染の可能性(過去の土地利用履歴。工場・埋立地・ガス製造所跡地など)
- 洪水リスク(河川、地表水、下水由来)
- 地盤沈下リスク(旧鉱山、地質)
- 近隣のエネルギー施設計画
洪水リスクは購入判断だけでなく、保険料と保険の付保可能性に直結します。以前見送った物件の一つは、洪水リスク地域にありました。買えないわけではありませんが、保険料の見積もりを事前に取ってから判断すべき事項です。
地域特有の追加調査
上記に加え、立地に応じて追加されるものがあります。
- Coal Mining Search:旧炭鉱地域(イングランド中部・北部、ウェールズなど)。地盤沈下と補償の履歴を確認
- Chancel Repair Liability:中世に起源を持つ、教区教会の修繕費を負担する義務が土地に付着している可能性。多くはすでに解消していますが、保険(Indemnity Policy)で処理するのが実務的に一般的
- Radon:ラドンガスの濃度が高い地域(イングランド南西部など)
「保険で処理する」という発想
ここでイギリス独特の実務に触れておきます。Indemnity Insurance(補償保険) です。
書類の欠落や潜在的な法的リスクが見つかったとき、選択肢は3つあります。
- 売主に問題を解消させる(時間がかかる、あるいは不可能)
- 取引を降りる
- 保険を掛けて、経済的損失が生じた場合に補填する
3つ目が広く使われます。多くは一時払いで数十〜数百ポンド程度と安価で、レンダーも通常これを受け入れます。
ただし理解しておくべきは、保険は問題を解消しません。「問題が顕在化したときの金銭的損失を補填する」だけです。建物が構造的に危険であれば、保険があっても危険なままです。
さらに実務上重要な注意点があります。保険を掛ける前に自治体に照会をかけると、保険が引き受けられなくなることがあります。 照会によって「問題が顕在化した」とみなされるためです。順序を間違えると選択肢が減るので、この判断は必ず Solicitor と相談してください。
Searches で分からないこと
期待値を正しく設定しておきます。Searches では、以下は分かりません。
- 建物の物理的状態(→ Survey の領域)
- 隣人が誰か、どんな人か
- 騒音・治安の実感(統計は別途調べられますが、体感は分からない)
- 過去にその住所で起きた出来事(報道・記録が残るような事件・事故を含む)
最後の項目は、以前の記事で私が自分で調べた領域です。
制度が拾う情報と、拾わない情報がある。 ここを理解して初めて、自分で何を調べるべきかが決まります。
売主への告知書類(TA6)には “Is there anything else that we need to know about this property?” 的な包括質問がありますが、回答は売主の認識と誠実さに依存します。制度は万能ではない、というのが実感です。
時間とコストの現実
- 費用:3本柱で合計 £250〜£500 程度が目安(自治体と事務所により変動)【実額は実際の見積で確認してください】
- 期間:Local Authority Search が律速になりやすく、自治体によって数日から10週間超まで大きくばらつきます
遅れる自治体は構造的に遅いので、混雑している地域なら、Solicitor に「Personal Search(民間業者による代替調査)でレンダーが受け入れるか」を早い段階で確認する価値があります。
まとめ
- イングランドでは、購入に係り諸条件を調べる責任は買主側にある
- Local Authority / Drainage & Water / Environmental が3本柱
- 建築確認履歴、私道、下水管の位置、洪水リスクは購入判断を変えうる情報
- 問題が出たら Indemnity Insurance で処理する実務が一般的だが、保険は問題を解決しない
- Searches は建物の状態も、住所にまつわる出来事も教えてくれない。そこは Survey と自力の調査で埋める
次回は、その Survey について。Level 2 と Level 3 のどちらを選ぶべきかを、実際の判断基準とともに書きます。
本記事は筆者個人の体験と公開情報に基づくもので、不動産取引・法務の助言ではありません。調査の構成・費用・期間は地域と事務所により異なります。実際の取引にあたっては Solicitor にご相談ください。

コメント