イギリスではオファーが受諾されても、契約交換(Exchange)まで法的拘束力はゼロ。
オファー受諾後に開始するプロセスと、実際の進行を週単位で記録しました。
前回までで、指値の組み立て方(Land Registryの成約価格)と、内覧の却下基準について書きました。
今回は、その先。オファーが受諾された瞬間から、契約交換(Exchange of Contracts)までの全行程を分解します。
日本で家を買った経験がある方ほど、ここで戸惑うはずです。私もそうでした。
最大の違い:オファー受諾は「約束」ではない
日本では、売買契約を結んで手付金を払った時点で、当事者は法的に拘束されます。
イギリス(イングランド・ウェールズ)は違います。
オファーが受諾されると、エージェントから Memorandum of Sale(売買覚書) が発行されます。買主・売主・双方のソリシタ・合意価格が記載された1枚の書類です。
しかしこれは、法的拘束力を持ちません。なお、このタイミングでは
- 手付金を払う場面はない
- 契約書に署名する場面もない
- 売主は、より高い金額を出す買主が現れれば乗り換えられる(Gazumping)
- 買主も、完了直前に減額を突きつけられる(Gazundering)
つまり、受諾からExchangeまでの数ヶ月間、取引は宙に浮いたままです。
この「宙に浮いた期間」をいかに短くするか。それが、イギリスの住宅購入で買主が唯一コントロールできる変数だと、私は考えるようになりました。
「Exchangeするまでは、まだ買っていない」
エージェントも、ソリシタも、口を揃えてこう言います。
受諾後に走る4つのプロセス
受諾直後から、以下の4本プロセスが並行して走ります。順番ではなく、同時進行です。ここを理解していないと、進捗が見えなくなります。
| トラック | 主担当 | 目安期間 | 詰まりやすい箇所 |
|---|---|---|---|
| ① Conveyancing(法務) | ソリシタ | 8〜14週 | Contract Pack待ち、Searches待ち |
| ② Mortgage(融資) | 貸し手・ブローカー | 2〜6週 | Valuation、追加書類の要求 |
| ③ Survey(建物調査) | RICS調査士 | 予約1〜3週+報告1週 | 予約枠、指摘事項の再交渉 |
| ④ Chain(連鎖) | 全当事者 | 制御不能 | 自分以外の誰かの遅れ |
期間は筆者の実例と一般的な相場感に基づくレンジです。物件・地域・当事者により大きく変動します。
① Conveyancing(不動産法務手続き)
買主のソリシタを選任し、書類を提出するところから始まります。実際に何を出したかは次回詳しく書きますが、概ね本人確認・質問票・資金源の確認です。
その後、売主側のソリシタから Contract Pack が届くのを待ちます。これが来るまで、買主側は実質的に何も進められません。ここがクリティカルパスです。
Contract Packが届いたら、ソリシタは以下を実施します。
- Searches(各種調査):Local Authority Search(自治体)、Drainage & Water(上下水道)、Environmental(環境・汚染・洪水)、必要に応じてChancel Repair等
- Enquiries(照会):Contract Packの内容と調査結果を突き合わせ、売主側へ質問を出す
- Report on Title:権原・制限・リスクをまとめて買主に報告
② Mortgage(住宅ローン)
AIP(事前承認)は「見込み」に過ぎません。物件が決まってから正式申込 → Valuation → Mortgage Offer と進みます。
Valuationは貸し手が担保価値を見るためのもので、買主のための建物調査ではありません。ここを混同すると痛い目を見ます(後述の別記事で詳しく書きます)。
私たちのケースでは、リモート査定(デスクトップ・バリュエーション)で合意価格どおりの評価が返ってきました。Down Valuation(評価額が合意価格を下回る)が出ていれば、頭金を積み増すか、価格を再交渉するかの二択になっていたはずです。
③ Survey(建物調査)
買主が自費で手配します。調査士の予約枠は思ったより埋まっていて、頼もうと思ってから2〜3週間先で予約を取れるのが普通です。
Contract Packや Searches の結果を待ってから手配すると、全体が後ろにずれます。私はオファーの受諾後すぐに調査士を確保しました。これは正解だったと思っています。
④ Chain(チェーン)
売主が次の家を買う、その売主がさらに次の家を買う……という連鎖。イングランド特有の仕組みで、自分がどれだけ準備万端でも、チェーンの誰か一人が止まれば全部止まります。
チェーンの状態は、オファー前に必ず確認すべき情報です。私たちのケースでは売主に明確な退去予定があり、これは交渉上も進行上も大きな材料になりました。
実際の進行記録(週単位)
匿名化した上で、オックスフォード近郊の1930年代築セミデタッチド(4ベッド/£540,000)の進行を記録します。
| 週 | 出来事 |
|---|---|
| W0 | オファー受諾、Memorandum of Sale発行 |
| W0 | ソリシタ選任、モーゲージブローカーへ連絡 |
| W1 | ソリシタへ初期書類一式+検索費用を提出、電子本人確認完了 |
| W1 | モーゲージ正式申込 |
| W2 | Valuation結果:合意価格どおりで承認 |
| W1 | RICS Level 3 サーベイを予約(実施は約3週間先) |
| W3〜 | Contract Pack 待ち/Searches 発注準備 |
【筆者の取引記録】
見てのとおり、W2以降は「待ち」が中心です。ここで焦って毎日催促しても、Contract Packは早く来ません。
代わりにやるべきことは、待っている間に決めておくべきことを潰すことです。具体的には、共有名義の形態、生命保険の設計、動産(Chattels)の交渉方針、サーベイで調査士に伝える論点。いずれも後の記事で個別に書きます。
日本人が特に注意すべき3点
1. 「契約書はいつ届きますか」と聞かない
Contract Packは売主側ソリシタの作業待ちです。買主が催促しても順番は変わりません。聞くべきは「今どのプロセるが止まっているか」であって、書類そのものではありません。
2. 部分提出をしない
書類を「揃った分から出す」と、担当者が二度確認することになり、かえって遅れます。
一式まとめて出すのが結果的に速い。これは私が実際にやってしまった失敗です。
3. 完了日(Completion)の柔軟性は交渉材料になる
賃貸の解約予告や別物件の売却に縛られていない買主は、売主にとって非常に扱いやすい相手です。「いつでも合わせられます」は、価格以外で提示できる数少ないカードのひとつです。
まとめ
- イギリスではExchangeまで法的拘束力がなく、受諾は「約束」ではない
- 受諾後は法務・融資・調査・チェーンの4本が並行して走る
- クリティカルパスは多くの場合 Contract Pack と Searches
- サーベイの調査士は受諾直後に押さえる(予約枠が埋まる)
- 待ち時間は「決めるべきことを決める」時間に充てる
次回は、ソリシタに最初に提出した書類を一つずつ分解します。イギリスのマネーロンダリング規制(AML)は日本人にとって想像以上に厳格です。
本記事は筆者個人の体験と公開情報に基づくもので、不動産取引・税務・投資の助言ではありません。実際の取引にあたっては、ソリシタ・RICS調査士・税理士等の専門家にご相談ください。


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